「一人でこぉーんなに広いお風呂に入ってるなんてー。ぶー」
「わわわ……」
 裸でいることをまるで恥じらうことなく飛び込んできた千佳をまともに見ることが出来ず、紅葉は思わずくるりと千佳に背を向けた。
「どーしたのー?」
「いやいや、少しは隠しなさいよ!」
「えー、なんでー? 昔は一緒にお風呂に入ったりしてたじゃないぃ? 全然恥ずかしいことないよぉ」
 ――おかしいのか? 私の方がおかしいのか?
 千佳と最後にお風呂に入ったのはいつだったろうか……。
「うふ、懐かしいーねぇ。紅葉ちゃん、昔みたいに、洗いっこしよぉ?」
「ちょ、ちょっと、千佳!」
「うふふ、さあ座って座ってぇ」
 背後から肩をつかまれた紅葉は、無理やりスケベイスに座らされた。
「……変な形のイスだねぇ」
「ああ、いや、これは……」
 自分で用意したわけでもないのに、紅葉はなぜか慌ててしまった。そして思わず浴室を見回した。ここはラブホテル。カップルが淫らに愛し合うための道具がそこかしこにあるのだ。
 洗面台の鏡の前に座らさせられた紅葉は、何故か、いたたまれない気分になってしまった。
「ま、いーやぁ。はい、大人しくしてぇ」
 大きなスポンジにボディソープをたっぷりと染み込ませた千佳は、丁寧な手付きで幼馴染みの身体を洗い始めた。
 意外と気持ち良い。
 ――落ち着け。落ち着け、私。身体を洗ってもらうだけなんだから。女同士なんだから。おかしくない、おかしくない……。
 目を開けると、鏡越しに千佳の身体が目に入ってしまう。身体をされるがままに、紅葉は眼を閉じていた。
 と、背中を何かで撫でられた感覚が走った。
「ひゃう!」
「紅葉ちゃん?」
 目を開けると、千佳は両手で紅葉の腕を洗っている。ということは、紅葉の背中に当てられたのは、千佳の胸の先端ということになる。
 千佳の豊かな乳房が、ブルんと揺れる光景が瞼の裏に湧き上がる。
 背中の感覚を思い返して、紅葉は心がざわついてくるのを感じた。
「だだ、大丈夫だいじょうぶ。何でもない何でもない」
「そぉ? うふふ、ね、気持ちいい?」
「ああ、気持ちいいよ」
 それは本当である。自分は動かず、されるがままになっているが、それが例えようもなく心地いい。
「じゃあ、もっと気持ちよくしてあげるね」
「ん?」
 そう言って、ボディソープを掌に注いだ千佳は自分の身体に垂らすと、背後から紅葉に身体を密着させてきた。
「ちょちょちょっ! 千佳っ!」
「うふふー、泡踊りー」
「はうあうっ!」
「紅葉ちゃんの身体、柔らかーい」
 ――いやいや、柔らかいのは千佳の身体……っ!
 ボディソープ塗れの身体で背後から抱きついてきた千佳は、前に回した手で紅葉の乳房を洗い始めた。いや、その手付きは完全に愛撫となっている。
「ふ……あ……」
 力が入らない。背中に押し付けられている乳房の感触に心がザワザワする。無遠慮に身体を撫でられているのに、それを振り払うこともできない。
 紅葉は、千佳に取り込まれているような感覚に陥っていた。
「懐かしーねー。こうやって身体を洗いっこしたよねー」
 ――うそだ! こんな、イヤらしいことはしてないっ!
 だが、その声は紅葉の喉から出てくることはなく、代わりに切ない喘ぎ声が漏れ出していた。
「ねー、紅葉ちゃん……?」
「ち、千佳……」
「このイスって……なぁんで、こんな変な形してるのかなぁ……」
「ふえ……? ひゃあああっ!」
 ささやかな乳房をまさぐっていた手を引いた千佳は、紅葉がいぶかしむ間もなくスケベイスの空間に掌を滑り込ませた。そして幼馴染みの最も敏感な部分に手を触れる。
 その瞬間、身体をまさぐられるのとは段違いに強烈な快感が紅葉の身体を駆け抜けた。秘部から身体の中心を突きあがり、脳天まで雷のように一直線に快感の槍が突きあがる。
「ひえ……あ……ふぅ」
「わ、わ、わ、紅葉ちゃん、重いよぉ」
 力の抜けた紅葉は、背後から抱えられている安心感から、千佳に向かって身体を倒れこませてしまった。かろうじて入る力を込めて、紅葉は千佳の方へ身体を向ける。さっきまで恥ずかしさから千佳の身体を見ないようにしていたのだが、もうそんなことは言っていられない。
「あふ……、ち、千佳……、なんで……こんな、こと……」
 その問いに千佳は答えなかった。代わりに紅葉の頬を両手で挟み込みと、ためらうことなく唇を重ね合わせた。
 ラブホテルの最上階、場所は浴室。淫らな行為をするためのところで、紅葉は千佳に唇を奪われた。
「うふふ……、紅葉ちゃんとぉ、キスしちゃったぁ」
 自分は今、どんな顔をしているだろうか。
 あどけなく、というには情欲に満ちた幼馴染みの笑顔を見て、これまでの千佳の行為がどういう意味を持ったものなのか、紅葉はようやく理解した。
「……いつから?」
「なにがぁ?」
「なにって! ナニが……その……、千佳が、私のコトを……、……きな、コト……」
「ちゃぁんと言って欲しいなー」
「千佳が! 私を! す……きな……コト……」
「最初からだよぉ」
「……最初?」
「そーだよぉ。ずぅっと前から言ってたでしょぉ?」
「ずっと……、前……」

 最初の記憶は小学生の頃、二人でよく遊んだ神社の境内だ。
 二人で高い樹に上って街を見下ろした時、紅葉は千佳に頬へキスをされた。
「昨日テレビで見たんだぁ。こんなのって、良いよねぇ」
「ああ、だから樹に登りたがったのか。そうだね、なんか良いな」
「やっぱり! 紅葉ちゃんも良いって言ってくれると思ったぁ。紅葉ちゃん、大好き!」

 次の記憶は中学生の頃、千佳が同級生からラブレターをもらった時だ。
 千佳に付き添いを乞われて、紅葉は告白の場所の近くで見守っていた。
 相手はサッカー部で人気の男子生徒だった。むしろラブレターをもらいまくる方の男子だったが、千佳も可愛らしい風貌から男子生徒に人気はあった。
 だから紅葉は、千佳は告白を受けて似合いのカップルになると思っていたのだが、千佳は相手の男子に頭を下げていた。
「え、断るの……?」
 断った後、相手と二言三言交わした千佳は、一目散に紅葉の方へと駆け寄ってきた。
「ありがとぉ、紅葉ちゃん。こんなことに付き合ってくれてぇ」
「いや、こんなことって……。良いヤツじゃん。なんで断ったの?」
「えー、だぁってぇ……」
 小柄な少女が紅葉を意味ありげに見上げている。だが、紅葉には断った理由が見当つかない。
 困惑している紅葉に、千佳は軽くため息をついた。
「いーの。アタシは紅葉ちゃんだけいれば」
「ん、まあ、千佳がそれでいいならいいけど」
「いいの?」
「いいよ。千佳の好きにしなよ」
「ありがと! だから紅葉ちゃん、大好き!」
「はいはい、さ、帰ろーか」

 その次に頭に浮かんだのは、千佳に付き合い始めた恋人を紹介した時だ。
 高校二年生の時で、相手はバスケ部の先輩だった。
「そんなわけで、先輩と付き合うことになった」
「なんだか他人事みたいな言い方だな、冴島」
「やー、なんか私みたいな男女に彼氏が出来るなんて思ってなかったからさー」
「彼女ならいたもんな」
「彼女?」
 と、その先輩は目の前の千佳を指さした。
「……そうなんですよぉ。アタシと紅葉ちゃんはラブラブだったんですよぉ」
「ああ、いや、まあ、確かにいっつも千佳と一緒にいたけどさ……」
 妙な照れくささを覚えて、紅葉は自分の頬をカリカリとかいたりした。
「でもぉ、ここはすっぱりと身を引くのが好い女ってものです」
「……千佳?」
「センパイ。紅葉ちゃんはぁ、とおってもいい娘なんですから、泣かしちゃだめですよぉ」
「ああ、もちろんだよ」
「でも泣きたくなったら、いつでもアタシのとこへ帰ってきてね。アタシは紅葉ちゃんのこと、ずっと大好きだから」
「ああ、えと、千佳?」
「なんちゃってね。それじゃ、先輩、失礼します。じゃあね、紅葉ちゃん」
「ああ、うん。また明日……」

「なんか、その……、ごめん」
「なんで謝るのぉ?」
「いや、だって……」
 肉感的な身体に泡をまとわりつかせたまま、千佳が紅葉ににじり寄る。
「アタシのこと、キライ?」
「そんなワケないでしょ!」
「アタシは紅葉ちゃんのコト、大好き。でもね、さすがに待ち疲れちゃった。だから、ちょっとゴーインに迫ることにしたの」
「……? まさか! オフ会なんて元々ウソなんじゃ……!」
「ああ、ううん、そんなことないよぉ。ドタキャンされちゃったのはホント。でも、チャンスだと思ったのもホント。だってラブホテルで、大好きな紅葉ちゃんと二人っきりなんだよぉ?」
 大好き。
 満面の笑みで自分に向って投げつけられたその言葉は、これまでと違った感覚を紅葉の心にもたらした。
 それは、極上の甘い蜜。
 うすうす感じていなかったわけでは無い。しかし、女同士ということで、意識に上らないようにしていた感覚でもある。
 だが今、間違えようのない場所で、お互いに間違えようのない姿で、紅葉は千佳の気持ちを受け止めた。
 そして、そのまま受け入れた。
 心の底から溢れる幸福感とともに。
「うん。私も、千佳が好き」