「で、女子会ってどうするのぉ?」
「ノープランかい。食いモンとお酒とネタがあればいいんじゃないか?」
「食べ物とお酒は分かるけどぉ、ネタってぇ?」
「話題だよ話題」
と言ったものの、紅葉は内心、途方に暮れた。
付き合いは長いと言っても、千佳はいわゆる良い処のお嬢様だ。実は、今日のオフ会も千佳の両親には内緒で、紅葉と遊びに行くとだけ言ってある。
千佳の両親は子煩悩で過保護気味であったが、さすがに大学生になってからは、ある程度は娘の自由にさせている。ただ、さすがに無制限というわけでは無いのは、紅葉が一緒だからという理由でようやく夜遊びが許されたことからも分かる。
紅葉は、千佳の両親からそれなりに信頼されているのである。
「なのに今、私たちがいるのはラブホテル……」
「なーにー?」
「ああ、いや、とりあえず、食いモンとお酒を頼もうか」
「さんせーい!」
最近のラブホテルの例にもれず、ここのサービスも徹底した無人化が図られている。
さっきまで紅葉がいじっていたAVコンソールで、デリバリーの注文もできるらしい。
ソファに座っていた二人は正面の大型液晶テレビに向き直り、ピザなどの注文を始めようとした。
ところで、千佳はいわゆる機械オンチである。スマホの設定も自分では出来ないから、ほとんど紅葉にお任せであった。
そして紅葉は元々そういう機械が得意である。いや、得意というより好き、と言ってもいいかもしれない。スマホの新しい機種を購入すれば、全ての機能を確認しないと気が済まないし、家のテレビやレコーダーの接続設定も、父親より紅葉の方が上手く早くできる。
ただ、初めての機械ではさすがに勝手が違う。マニュアルなど見ないタイプの人間であるから、機械の使い方は想像がついても、コンテンツの検索などは総当たりになる。
だから、これは起こるべくして起こった事故と言える。
『ああーんっ! イイっ! もっとっ! もっと舐めてぇっ!』
「!」
「!!!」
それが正面の大画面液晶テレビに表示された瞬間、二人の視線はくぎ付けになった。
『そうっ! それそれっ! いいわぁっ!』
『ふふっ。いい声で啼くのね。可愛いわよ。それに、こぉんなにおツユがビショビショ。いやらしいのね』
『いやぁ……、そんなこと、言わないでぇ……』
『あら、おツユがどんどん出てくるわね。吸いきれないくらい。言われただけで、こんなに濡れるなんて……ヘンタイ』
『あ、あはあああんっ!!』
「……紅葉ちゃん」
「……………………うわわわわわっ! ごごごめんっ!」
画面を凝視したまま呟いた千佳の声で、紅葉はようやく我に返った。そして、慌てて再生を停止させ、メニュー画面に戻る。
「……あっははははっ。ごめんごめん。慣れない機械だからミスっちゃった。さーてデリバリーはっと……」
ここはスルーするに限る。紅葉自身は男性経験もあるから、別にアダルト物など見ても普通の反応をするだけである。
しかし、千佳はどうだろうか。
中高一貫の女子高に通っていた千佳からは、そういった男女の浮ついた話は聞いたことがない。良い処のお嬢様だから当たり前と言えば当たり前だが、その一方で、好奇心だけは旺盛だったせいか、スマホや家のパソコンで普通の男女関係がどのようなものかも知っているようである。しょせん、耳年増であるが。
だから、ネットでそこら中に転がっているエロ動画を千佳が見たことがあっても不思議ではない。
そう、気にすることは無いはずだ。
――ラブホの事もちゃんと分かってたみたいだし。
視線を液晶テレビに固定したまま、紅葉は今の事を忘れようとした。
「……女の人同士だったね」
紅葉の、コンソールを操作する手がピタリと止まった。
「ああ、うん、そうだったね。まあ、世の中にはああいうのに興奮する人もいるんだよ」
そう、あれは、男が女同士のカラミに興奮するものに過ぎない。
「紅葉ちゃんは、ああいうの、好き?」
「ああいうの? ああいうのって? ああ、アダルト物ね? うん、好き。結構好きよ。ウチでも夜中に見てるし……」
――しまったぁぁぁっ! 私のバカ! 正直過ぎ!
「ふーん。紅葉ちゃんも、そうなんだ……」
「はい?」
「うふふ、アタシもね、隠れてコッソリ観てたりするんだぁ。エッチだよねぇ」
「は……」
――ああ、そりゃ、そうか。千佳だって女だもんね。いつまでも子供なわけないか……。
「……いいね、女子会らしくなってきた。そういえば、千佳とは『こういう』話はあんまりしてこなかったな。いっぱい聞かせてよ。千佳の話」
「いーよー。紅葉ちゃんのも聞かせてねぇ」
「もちろん!」
さっきまでの動揺がウソのように紅葉の中から消えていた。そもそも、動揺することなど無かったのだ。付き合いが長い分、紅葉にとって千佳は、いつまで経っても『可愛い妹分』であった。しかし、紅葉が既に男を知っているように、千佳もそれなりに女になっていたようである。そういう欲求が生まれるのも自然なことだ。だが、危なっかしいのも事実。だから紅葉は、千佳が『普通の』恋愛を出来るように、今夜はじっくりアドバイスしてあげようと思った。
「さすがにこれはぁ、頼み過ぎじゃなーい?」
「あはは……」
千佳の大人びた面が感じられて、紅葉の心は意外と動揺していたのだろうか。二人の前に並べられたピザやお寿司やパスタやポテチやチョコなどなどは、とても二人で食べきれる分量ではなかった。そして、備え付けの冷蔵庫にぎっしりと詰まったビールやチューハイの缶は、冷蔵庫の外にも並べられている。
「ま、まあ、余ったら持ち帰れば良いし、明日の朝ごはんにしても良いし……」
そういって、紅葉は力無く冷蔵庫の上のレンジを指さした。
「とりあえず、乾杯しよっか、乾杯」
どうも、さっきのAV誤再生から紅葉の精神は失調気味である。普段のお姉さんっぽい行動がどうしてもとれない。
その原因の一つが千佳である。
普段から腕を組んできたり抱きついてきたりと、スキンシップは多い方だが、今はそれが密着しっぱなしなのである。ソファに並んで座っているが、三人座っても余裕がある幅なのに、千佳は紅葉のお尻にぴったりと自分のそれをくっつけている。
そして、紅葉に向ける千佳の視線が、どうにも湿っぽく感じられるのだ。お酒を飲む前から、すでに酔っぱらっているような印象である。
「うん、乾杯しよー。……でも、何に?」
「そうね……。じゃあ初めての女子会に……」
「うん。『二人の』女子会に……」
「「カンパーイ!」」
グラスに並々と注がれたビールを、二人は一息に飲み干した。
「ぷっはーっ! なんだろ、こんなに旨いビールは久しぶり」
「はー。アタシも、こんなにビールを美味しいと思ったの、初めてぇ」
「千佳って結構強い?」
「えー、普通だよー。ご飯の時ぃ、お父さんに付き合って、ニ、三本飲むくらいだしぃ」
「いや、それ、普通に多いから……」
すかさずコップにビールを注いだ千佳は、チーズたっぷりのピザを一切れ取ると、紅葉にむかって差し出した。トロリとしたチーズが垂れそうになる。
「はい、あーん」
「いやいや、自分で食べられるよ」
「えー、食べてよー」
千佳の手にあるアツアツのチーズが、紅葉の腿に落ちそうになる。慌てて紅葉はピザに食らいついた。かろうじて、とろけているチーズは、紅葉の口の中に納まる。紅葉は幸い猫舌ではないが、熱いピザは食べるのに中々苦労するものである。ハフハフと口内で冷ましながら、紅葉はピザをようやくといった感じで飲み込んだ。
「美味しい?」
「ああ、うん。美味しいよ」
「次はぁ、何を食べたいぃ?」
「あー、千佳さん?」
「なーにー?」
「自分で食べられるから、大丈夫だよ」
「えー、紅葉ちゃんはぁ、アタシのピザが食べられないのぉ?」
「じゃ、じゃあ、隣のやつを……」
「はい。……あーん」
千佳はお酒を毎晩飲んでいるようなことを言っていたが、強いとは一言も言っていない。女子会という初めての状況にアルコールが加わって、とんでもなく浮かれているのだろうか。そうだ。そうに違いない。
観念した紅葉は、千佳のノリに乗ることにした。
「あーん。はむっ……」
「美味しい?」
「ああ、美味しいよ。今度は千佳にも食べさせてあげる。どれがいい?」
「じゃあ、お寿司」
――ズルい! こっちはアツアツのピザをハフハフしてるってのに!
「はい、あーん」
「あーん。……美味しい。紅葉ちゃんに食べさせてもらってるから、いつもの何倍も美味しい!」
――はたから見りゃ、ただのバカップルだなこりゃ。
「今度はぁ……、そっちのワインが飲みたーい」
「ああ、ワインね。はいはい、お嬢様。少々お待ちを」
ワインの封を切り、コルクを抜いてグラスに注いだ紅葉は、それをそのまま千佳に渡そうとした。
「ダメー」
「んん? 何がダメ?」
「口移しが良い」
「はいいっ?!」
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