結局、千佳の言う秘密は何のことなのか、その日のうちに明かされることは無かった。
 それどころか、あれから二週間たった今でも千佳は何も言ってこない。
 ――思わせぶりなだけ? それとも、もしかして、アタシがこんな感じで焦れているのも計算の内なのかな。むぅ……、イラつく……。
 思わせぶりな話だけで中身は何も無いのでは、と考えもしたが、千佳はそういう中途半端な事は言わない少女である。あるといったら何かは確かにある。だが、それが何かは分からない。
「ああっ! もうっ!」
 学園からの帰宅後、制服のままベッドに突っ伏して悶々としていた翠は、親友にして恋人の焦らしプレイに耐えかねて声を上げた。そして駄々っ子のように手足をバタつかせる。
「千佳のバカ! せっかく問題が解決したのに、これじゃあ、あんまり変わってないじゃない!」
 康史と千佳によって謀られたサプライズ以降、翠は父親ともクラスメイトとともセックスをしていない。母親の目やクラスメイトの目を盗んで身体や唇を合わせてはいるものの、淫らな行為には及んではいないのだ。身体が疼くというほど欲求不満という訳ではないが、翠が頭の中で漠然と描いていた恋人同士の関係に比べて、現実は思ったよりも淡白なものであった。
 学園にはSRという女の子同士で淫らな行為をするための秘密の場所がいくつかあるのだが、タイミングが悪いのか千佳と一緒に使おうとしても既に使われていたりして使えないということが続いていた。
 自宅に帰れば、ほとんどの時間は母親も一緒にいるために中々いちゃつくことも出来ない。少し前までは、母親の早季子は頻繁に夜遊びをしていたのだが、千佳と恋人になって以降はなぜかパッタリとしなくなっている。
 学園でも自宅でも、それぞれの場所に恋人がいるはずの翠は、むしろ恋人が出来てから身体を持て余すことが多くなってしまっているのである。
 ――不満が無いなんてウソ。やっぱり欲しいよ……。
 セックスだけが愛情を確かめ合う手段ではないが、セックスこそが最も愛情を確かめ合える行為であることも間違いない。欲求不満の募った翠は、どっちでもいいからしたい! などという、どちらにも失礼な事を考え始めてしまっていた。

「そもそもアタシはどうなりたいのかな?」
 ベッドで横になったまま、翠は姿見に写った自分の顔に問いかけた。
「お父さんとは……そうね……、やっぱり子供か欲しいかな……」
 父親との恋が叶った今、欲というモノが出てくるのは当然かも知れない。有り得ないと思って諦めていた幸せに浸っている翠は、更なる幸せとして康史との間に子供が欲しいという想いが芽生え始めていた。
「アタシとお父さんの子供……」
 その子は果たして息子(娘)なのだろうか。それとも弟(妹)なのだろうか。
 そんな事を考えるつもりではなかったのだが、例によって翠の妄想は脱線した後、暴走を始めた。
「んー……、やっぱり男の子かな。昔は弟が欲しいって思ってたし。ああでも、女の子も良いかな。うふふ、今のアタシとお母さんみたいな感じで」
 父親との仲を考えなければ、翠と早季子は理想的な親子関係であると言える。過保護にならず、かと言って放置もしない。適度に手綱を締めつつ、基本的には自由にさせてくれる。『女』の先輩として、早季子は身体のことも心のことも親身になって翠に教えてくれているのだ。
「可愛らしい格好をさせて、お母さんとおんなじように恋話をしたりして。ふふ……いいな、それ。でもって、おんなじように恋仲になったりして……。…………へっ?」
 枕を抱えてベッドで妄想していた翠は、いきなりガバッと起き上がった。今の自分の言葉の意味を考えて、鏡に写った自分を見つめたまま呆然としてしまう。
「何……、今の……?」
 ゆっくりと自分から目を逸らし、自分の発した言葉を飲み込むようにして唇に手を当てる。
 今、自分は何を言ったのだろうか?
 今、自分は何を想像したのだろうか?
 母親と恋話をする。それは先日、早希子とのショッピングデートでやった。
 父親と恋仲になる。それは先月、康史とホテルで鉢合わせてから始まった。
 その通りである。何も間違ってはいない。
 では、翠が違和感を覚えたのは何に対してであろうか?
「娘と、恋仲になる……」
 誰が?
「おんなじように……」
 誰と?
「アタシとお母さんが、恋仲に、なる……」
 それは、果たして妄想だろうか?
「ふ……、ふへ……っ、ハハッ! アハハハハッ!」
 仰向けにベッドに倒れ込んで白い天井を見つめた翠は、口からおかしな笑い声が漏れ出してしまっていた。
「なーんてね。アハハッ! 無い無い、そんなの無いって。大体、女同士で恋仲になるなんて普通は……、あー、あるのよね……」
 常識を口にした翠であるが、次の瞬間、自分も母親も非常識であることを思い出して頭がクラっと来た。早季子は学生時代に同じクラスの女の子と付き合っていたし、翠も今、ちょうど同じクラスの女の子と付き合い始めたばかりである。
「ああ、でも親子で本気の恋仲とか、そんなのファザコンとかマザコンを拗らせただけ……、ってわけでもないのよね……」
 客観的に世間一般の目から見れば、親子で愛し合うなど不自然極まりないことである。だが、翠にとって、父親への想いは自然なことなのだ。だから、ファザコンを拗らせただけ、という考えは翠には受け入れることは出来ない。
「いやいや、いやいやいや、それにホラ、お父さんもお母さんもスッゴク仲良いんだから、浮気とか、そんなのあるわけが……、なくもない、のか……。うっわーっ! ウソでしょうっ!?」
 セクシャルなことに対して倫理観の希薄な翠であるが、自分の中で生まれた妄想を世間一般の常識で否定しようとしても、全てブーメランで帰ってきてしまう。翠は大きな声を出さないように枕に顔を埋め、バタバタのたうち回った。
「落ち着け……。落ち着け、アタシ……。これはアタシの妄想なんだから……。そうよ、いつもみたいに、頭の中が虹色のお花畑になってるんだわ……」
 翠は自分の妄想が面白すぎてついつい口に出してしまうことがあるのだが、そんな翠を恋人の千佳は、『頭の中が虹色のお花畑になってるのね』と表現していた。
「そうよ、恋仲になるにはお互いに想い合わないといけないんだから、本人の気持ちが大事なのよ」
 父親との仲を母親の目から誤魔化すために千佳とフリで付き合おうとしたこともある翠であるが、それは上手く行かなかった。もっとも結局は付き合うことになったのだが、それは翠が本気の親友に対して本気の恋心を返したからであった。
「つまりは、アタシがお母さんを受け入れられるかどうか……、よね……」
 早季子が翠に対して親子の情を超えた想いを秘めているのか、それは定かではない。そもそも、この桃色の思考実験の出発点は、翠の妄想が脱線したところにある。だが、当の翠はそれに気付いていない。妄想が暴走し始めたところで冷静になったつもりであるが、出発点からして妄想なのだから、どこまで行っても妄想にしかならない。早季子が実の娘に恋心を抱いている、という前提自体が翠の妄想なのだ。
 だが、もしそれが、翠の妄想ではなかったとしたら……。