「みんなの視線が痛い……」
「別にジロジロ見られてるわけじゃないでしょ? 自意識過剰よ」
 昼休み、翠は千佳と一緒に屋上のベンチでお昼ご飯を食べていた。翠も千佳もお弁当を持ってきていたので学食へ行く必要は無く、教室で食べることも出来たのだが、どうにもクラスメイトの視線が感じられて居心地が悪かった。結局、翠は千佳の手を取って屋上で昼食をとることにしたのである。
「まあ、確かに、直接ジッと見つめられてたわけじゃないけどさー。なんかこう、あれよ。だるまさんが転んだ、みたいな?」
「ぶっ……。ふ、くくく……。あははっ! 確かにそんな感じね」
「みんな律義に見ない振りをしてくれてるつもりなんだろうけどさ。どこが百合の楽園よ。珍獣扱いじゃない」
「女の子同士の関係に理解があるって言っても、そこら中にカップルがいるわけじゃないからね。それに、完全にノンケだと思ってた友達が、いつの間にか転落してたらそりゃ興味も沸くでしょうよ」
「転ばせた本人が、他人事みたいに言ってぇ……」
「変に囃し立てられるよりはいいでしょ? そのうち飽きてくるわよ。大体、他人がイチャイチャしているところを見るなんて、冷静に考えたらアホらしいだけよ」
「そりゃま、そうよね……」
 翠は自分の両親のことを思い浮かべた。バカップルとまでは行かないが、普段から二人がラブラブなところを見ていると、本当にお腹いっぱい御馳走様という気分になるのだ。母親に対するジェラシーを感じることもあるが、それはまた別の話である。
 と、その時、千佳のスマートフォンにシンプルな着信音が鳴った。電話ではなく、メールかSNSのようである。
(そう言えば、援助交際掲示板のアプリを削除するの忘れてた……。お父さんも千佳も削除はしたのかな……?)
「ねえ千佳、あの掲示板だけどさ……、んん? どしたの? なんか変なメールでも来た? 遺産の五十億を差し上げますとか、そんなのみたいな」
 食事中や遊んでいるとき、千佳のスマートフォンにメールなどが着信するのは珍しくないが、大抵は器用に話しながら返信などの操作を済ませてしまうことが多い。だが、恋人になりたてのクラスメイトは、今着信したばかりの画面を凝視して固まってしまっている。
「どうしたの? チチキトク、スグカエレとか?」
 電報の定型文など、今時の子供はおろか、最近ではいい歳をした大人でも知らないことが多い。だからではないであろうが、千佳は翠の分かりにくいボケをスルーした。
「パパが、今夜デートしようって」
「……ああ、千佳のところも一緒か。おばさんも、ウチのお母さんと一緒の婦人会に入ってるんだもんね」
「だから、今日は私、部活はサボって先に帰るわ。翠は?」
「アタシはいつも通り、部活してから帰る。あんまり早く帰っても、お父さんの仕事が終わってないもの」
「そっか……」
「……?」
 千佳は、父親とあまりうまくいってないのだろうか。父親へ返信するだけにしては画面を睨みつけており、操作する手も普段より固い動きである。
「お父さんと食事するの、イヤなの?」
 回りくどい言い方はせず、翠は直球で聞いてみた。大きな秘密をいくつも抱えている翠であるが、だからこそ、それ以外のところでは変に考えるよなことはせず、素直に行った方がいいと思う。
「ああ、ううん、全然そんなことないよ。ウチはフツーだよ」
「普通、ね……」
 普通と言われて、翠はふと、普通って何だろうと思った。何しろ、自分と父親の康史は、とても普通とは言い難い関係なのだ。
「大丈夫だいじょうぶ。翠んちとは違って、ウチは本当に普通の親子関係だから」
「え?」
 翠は一瞬、ギョッとした。まさか、翠と父親の関係を、千佳は知っているのだろうか?
「翠みたいに、ファザコンを拗らせてるわけじゃないもの。いい歳して父親離れしてないとか」
「あ、ああ、そうね。そうよね。……もしかして、バカにしてる?」
「そんなことないわよ。でも、おじさまに嫉妬しちゃうのは、しょうがないでしょ? ね?」
 そう言って、千佳は翠の頬に手を当てた。
 翠は一瞬、周囲を見回したが、屋上で同じように昼食をとっているのは面識のない上級生が数名だけである。
(ま、いいか……)
 翠は唇を差し出すように軽く顎を上げ、顔を近付けてくる恋人を迎え入れた。

   *

「今日は遠山さん親子と一緒に食事でも良かったんだけどな」
「ぶー。千佳には悪いけど、お父さんとの時間は大切にしたいの」
「良いことを言っているようだけど、本音を言ってごらん?」
「えへへ、お父さんとエッチする時間がもったいないの」
「イヤラらしい娘だ。そんな娘に育ってくれて、オレは嬉しいよ」
「フツーは嘆くものじゃない?」
「翠がオレの恋人じゃなかったら、そうなんだろうな」
 こういうことをサラッと言ってくれるのが、翠はとても嬉しく感じる。
 放課後、翠は康史の会社で待ち合わせたのち、ファミリーレストランで簡単に夕食を済ませてから、父親と共に帰宅した。本来であれば、先日の地中海レストランのような雰囲気の良いお店で外食をとるか、自宅で翠がゆっくりと手料理を作るところである。だが、翠は逸る心を抑えられず、夕食はさっさと済ませようと父親に提案し、康史もそれをあっさりと受け入れたのだ。
 時間を気にしていたのは母親の目を気にせずに父親と愛し合うのが一番の目的であるが、千佳とのことも話してしまわないといけない。
 千佳と恋人付き合いを始めたことは、母親には伝えつつ父親には内緒にしたいと思っていたのだが、それは昨夜、母親の口からすでにバレてしまっている。となれば、康史には千佳との仲を、母親の目を誤魔化す為の振りであると伝えなければならない。実際には、本当に千佳と恋人同士になってしまったのだが……。
「どうした、翠?」
「ふえ?」
 リビングの扉を前にしていきなり黙ってしまった娘に、父親は声を掛けてきた。
「ああ、ううん、何でもない」
「そうか? なんか変だぞ。車の中でもあんまり喋らなかったし……。今日はやめとこうか?」
「えー、ウソウソ! アタシ、大丈夫だから!」
 先にリビングに入った康史を、翠は慌てて追いかけた。
 二人がリビングに入ると、センサーが反応して自動的に間接照明が灯った。暗かった部屋が、ほんのりと淡い光に満たされる。これから父親とセックスするという想いのせいか、普段の生活の場が何やら妖しい雰囲気に見える。
 三嶋家のリビングはダイニングと同じ部屋にあり、廊下から入って右手がリビング、左手がダイニングとその向こうにキッチンがある。いわゆるLDKの構成だが、広さが一般的な住宅の比ではない。普通のワンルームマンションであれば、このリビングダイニングだけですっぽりと入ってしまいそうな広さである。
 康史は誰もいないリビングにチラリと目をやると、スーツの上着を脱いでダイニングの椅子にそれを掛けた。
「そうか? 無理しなくていいんだぞ?」
「無理なんかしてない!」
「ほう。すると、翠はオレとしたいと」
「したい! アタシ、お父さんとセックスしたいの! ここまできて焦らすとか……、あっ」
 康史のニヤニヤ笑いを見た瞬間、翠はからかわれたことに気付いた。
「そうか。良かったよ。なんか、心ここにあらずって感じだったからな。そんな娘を抱いても楽しくないしな。……いや、そう言うのもアリか」
「……お父さん?」
 からかわれていたのは確かなのだろうが、何かを思いついたのか、翠の恋人は急に真面目な顔になって考え始めた。
「人形のような少女を犯す……。うん、なかなかイヤらしいシチュエーションだな」
「ええと……、お父さん?」
「目も見える。耳も聞こえる。でも、女の子は自分で動くことは出来ない。男の思うままにオモチャにされ、しかし身体は正直に反応してしまう……」
「……」
「うん、やろう」
「えええっ?」