「ゴメンってばぁ。機嫌直してよぉ。ねぇ、翠ぃ」
 保健室を出た翠は、無言のまま早歩きで廊下を進み、昇降口で学校指定のローファーに履き替えると、クラスメイトを置き去りにして玄関ホールを後にした。
 千佳は謝りながらついてくるが、翠はかたくなに返事をしない。
「ねえってばぁ」
 と、正門へ至るアプローチで翠はいきなり振り返り、人差し指をクラスメイトに突き付けた。
「い…………っちばん高いチョコケーキ! ホールで!」
「……! なによ、やっぱり色気より食い気なの?」
「いいでしょ! 好きなんだから!」
「ふふ、ってことは、翠は自分の身体をチョコケーキで売っちゃうんだぁ」
「いっちばん高いのって言ったでしょ。そこらのホテルのケーキじゃ満足しないわよ」
 翠は腰に手を当て、胸を逸らして宣言した。
「なるほど、翠は安くない女って訳ね」
 だとしても、ケーキで身体を売るというのは、やはり安売りに思える。
「……単に高価なケーキってのなら、金箔を無駄に散らせばそれだけで結構な額になるけど、翠が言いたいのはそう言うことじゃないのよね」
「当たり前でしょ? アタシの舌が唸るくらいのケーキを希望するわ!」
 普段、二人で遊びに出ることも多いので、翠のケーキ好きは千佳もよく知っている。イチゴショートもブルーベリータルトもモンブランもアップルパイもレアチーズも翠の好みだが、やはり一番好きなのはチョコケーキである。
「でも、単にチョコケーキって言っても結構種類があるわよ。ガトーショコラとか、オペラとか、前に十種類以上あるって聞いたことがあるけど?」
「もちろん、チョコケーキの王様、ザッハトルテ! ふふふ、千佳に用意出来るかしら?」
「! ……出来らぁ!」
「……」
「……」
「……ぶっ」
「……ふふっ、あははっ! あははははっ! コレ、言ってみたかったのよね!」
 守衛室のある正門の手前で、二人の女子高生は周りも気にせず大きな声で笑い出した。大声で笑うなど、お嬢様学校に通うお淑やかな女生徒にあるまじきことであるが、二人は周囲の目も気にせずに笑い続けた。
「あー、可笑しかった……」
「一応言っておくけど、チョコは本気だからね」
「分かってるわよ。でも、ちょっと考えちゃうわね」
「何を? ホントに用意出来るかどうか?」
「ううん、そうじゃなくて、チョコケーキのプレゼントってね、翠の誕生日祝いに用意してあげようって考えてたのよ。来月でしょ?」
「ああ、うん」
「……あ、そうだ!」
「『私自身』ってのは無しよ」
「ぶー、ダメなの?」
「ダメ。プレゼントをくれるのは嬉しんだけど、フツーのにしてちょうだい」
「ハイハイ、分かりましたよ、お姫様。仰せのままに。チョコケーキは楽しみにしててね。プレゼントも」
「期待してるわ」

   *

 婦人会の集まりが最近多い。
 正確には、夜の集まりが多くなった。
 これまでは、暇と金を持て余している有閑マダムたちが、美術館巡りやクラシック鑑賞会などの優雅な遊びに興じていたのだが、ほとんどが昼間の活動であった。だが、ここ最近は夜の観劇などとセットで夕食会が催されることが多くなっており、夕食時に早季子がいないことが増えてきていた。
 翠が期待している母親の旅行参加はまだ先の話だが、今夜は有名なシャンソン歌手のディナーショーに出かけるとのことである。帰りは恐らく夜の十時過ぎであろう。
 夕方、学校から帰ってきた翠は、ゆったりとしたロングのワンピースに着替え、可愛らしいエプロンをつけて夕食の支度をしていた。
「お母さん、浮気してたりして」
「かもな」
 手際よくジャガイモの皮を剥きながら、翠はリビングのソファで経済関係の雑誌を読んでいる父親の康史に声を掛けた。妻の早季子が夜遊びに出るときは、必ず康史は早く帰宅していた。これは三嶋家において、康史が娘の恋人になる前からの決め事である。
「結構、余裕あるのね、お父さん。ホントにしてたらどうするの?」
「そうだな。そしたら、オレも混じって三人でしてみようかな」
「お父さんの変態。お父さんって、もしかしてネトラレが好きなの? お母さんが、他の男の人にされてるのを見て興奮するの?」
「なに言ってるんだ。早季子が浮気するなら、女の人だろう?」
「……………………えええええっ!」
 まな板の上で、ジャガイモが勢いよく真っ二つになる。
「お父さん、知ってたの!?」
 驚いた翠は、キッチンから包丁を片手にカウンター越しの父親に振り返った。雑誌に目を落としたまま、父親は娘の方に見向きもしない。
「……何をだい?」
「おかあさんが、その……、女の人でもオッケーっていうの……」
「もちろん。オレの女だからな。翠は違うのかい?」
「はへ?」
「学校の友達とかと、いい関係になったりはしてないのかい?」
「ぶー、お父さんのイジワル。アタシにはお父さんだけよ」
「そうか……」
「……?」
 雑誌に目を向けたままの父親の表情は、キッチンからでは良く見えない。
 父親の妙な反応が気になったものの、そのまま会話が途切れてしまった翠は、シンクに向き直って調理を再開した。今日のメニューはレバニラ炒め、カキフライに、アボカドを散らしたポテトサラダである。出来た分からお皿に盛りつけてテーブルに並べていく。
「お父さん、お待たせ」
「……旨そうだね」
「たっくさん食べてね」
「こういうところも母さんに似てきたな……」
「えへへ……」
 翠がテーブルに並べたのは、いずれも精力増強が期待できるスタミナ料理のフルコースであった。
 翠が父親と恋仲になる前は、両親がセックスをするタイミングや合図などにはまったく気が付かなかった。先日は父親の分かりやすい示唆で気付くことが出来たが、普段は夫婦二人にしか分からない暗号めいた合図があったのだろう。恐らくであるが、夕食のメニューもその一つであったに違いない。
 父親とイチャイチャしたいものの、母親に隠れてするしかない翠は、逆に両親のそう言った言葉にしない仕草での会話に敏感になっていた。それに、援助交際をするのに暗号めいた掲示板を使ったり、身バレを防ぐためにミニオフィスを活用したりするなど、行為そのものに加えて準備にも楽しみを覚えるのは、どうやら両親の遺伝子を色濃く受け継いでいるためらしい。
「お母さんが帰ってくる前に、早く食べちゃお」
「本当に翠はイヤらしい娘だね」

「アタシの部屋でするの?」
「その方が母さんにバレにくいだろうってのが理由の一つだよ」
「他の理由は?」
「娘の部屋でセックスするとか、オレが興奮するから」
「変態……」
 夕食後、キッチンの後片付けもそこそこに、翠は父親を伴って部屋に戻った。天井の照明は点けず、部屋の明かりはベッドの床頭台にあるスタンドだけである。LEDの強い光が反射板の間接照明となって、部屋の中を淡く照らし出している。
「お父さん……」
「翠……」
 ネットリとした愛情を込めてお互いの名前を囁き合った二人は、舌先を絡め合ってキスをした。
「んん……、んふ……」
 抱き締め合って、ただキスをする。
 それだけで、翠の身体に魂が震えるような快感が駆け巡った。乳首や性器を弄られる直接的な快感とは違う、身体の奥から溢れ出す愉悦の波。唾液をお互いの舌に乗せ、相手の口内を犯し、唇と舌を重ね合って吸い付き合う。見ている方が恥ずかしくなるような、濃厚なキス。
「ふ……」
 なんの合図もなく、ふと唇を離して見つめ合った二人は、無言のままお互いの部屋着を脱がせ合った。
「本当に翠はイヤらしいな」
「イヤらしい娘じゃ……、ダメ?」
「いいや、大好きだよ」
「あはん……」
 母親の帰りが遅いと分かっていた翠は、ゆったりとしたロングのワンピースを着ていたのだが、その下には何も身に着けてはいなかったのだ。父親の手でワンピースを捲り上げられた翠は、バンザイをして一気に脱がされた。少女の発育の良い乳房も、うっすらと生えそろっている恥毛も、父親の目に露になる。
 手早く部屋着を脱ぎ捨てた康史に抱かれ、翠はバネの効いた寝心地の良いベッドへ想い人と共に倒れ込んだ。
「お父さん……」