時計の針が天頂を過ぎた頃、両親のセックスはようやく一段落したようである。
 部屋に入るなり着ているものを脱ぐのももどかしく一回したかと思ったら、二人は続けて娘をネタに二回戦を繰り広げた。翠は自分の性欲は強めかな、などと控えめに思っていたのだが、どうやらそれは、両親から受け継いだものであるらしい。当たり前ではあるが、二人は普段の生活では性的な要素など微塵も見せない。その両親が、夫婦の閨では誰憚ることなく己の欲求に忠実な痴態を見せていた。それは、セックスなど回数も忘れるくらい経験してきた翠から見ても、濃密で淫靡な光景であった。
 普段は見られない母親の淫らでイヤらしい一面を見ることが出来て翠はかなり興奮したのだが、ふと冷静になった翠は気が付いた。
(アタシ……、どうやってここから出るの?)
 普通に考えれば、久しぶりのセックスにくたびれた両親が寝入ってから静かに出ればいいのであるが、見物人以上に興奮している熟年カップルは眠りにつく気配を全く見せない。一糸まとわぬ裸のまま、お互いの身体を弄りながら二回目のピロートークに突入している。話題は、康史の仕事のこと、早季子の婦人会のこと、翠の進路のことなどなど、別にセックスの後でなくてもいい話ばかりである。
(まずい……、このままじゃアタシの方が先に寝ちゃいそう……。っていうか、お父さん、なんとかしてくれるんじゃないの?)
 両親の寝室に忍び込んだのは翠自身であり、この状況は完全に自業自得である。あるのだが、翠は父親に理不尽な怒りを募らせていた。好きな男に対しては、年頃の少女はワガママなのである。
 両親のセックスを覗きながら自分の身体をいじっていた翠は、何度も軽く絶頂を迎えていた。下着はすでに濡れてビショビショで、乳首も肌触りの良い寝間着にこすれて立ったままである。
 だが、絶頂感というのはかなり体力を消耗する。それに加えて興奮する場面は終わり、今は退屈な他人の世間話である。時間も時間であるため、翠の睡魔は急激に活動を活発化させてきた。
(羊が一匹、羊が二匹、羊が……。違う! これじゃ逆効果! でも、効果は薄いんだっけ……、ああ、もう……、明日、何曜日だったっけ……)
 口には出さないものの、翠の思考は千々に乱れてきた。寝入る直前の、夢と現(うつつ)の境目が曖昧になる感覚。ふわふわと身体が浮き、二度寝の時にも似た心地良い感覚。身体から力が抜け、揺れているような感覚だけが少女の中に満たされてくる。
「んんふ……、気持ち、良い……」
 二人はまた、始めたのだろうか。おぼろげな視界の中で、早季子の裸身が揺れていた。形の良い豊かな乳房。ムッチリとして、女でも撫でまわしたくなる魅惑のお尻。夫と絡み合い、気持ち良さげに喘ぐオンナの顔。
「いいなぁ……。お母さん、なんて、気持ち良さそうなの……。アタシも……」
 オンナの幸せに震える母親の身体。その熟した身体が受けている快感を、翠も受けているような気がしてきた。優しく淫らに、淡く切なく、身体の奥から溢れ出す愉悦の感覚……。
「ううん、気持ち良いのは、アタシ……?」
「おっと、目が覚めたかい」
「……お父さん? ……ひえっ!」
 翠の感覚が一瞬で覚醒した。授業中、うつらうつらしているときに声を掛けられたように跳ね起きる。
「……?」
 だが、意識は覚醒したものの、今の自分の状況が分からない。周囲を見渡して、自分の部屋のベッドに横たわっていたのは理解したのだが、なぜこうなっているのかが不明だ。さっきまで、両親の寝室のクローゼットで二人のセックスを覗き見ていたはずなのに。
「アタシ……。わっ!」
 そしてなぜ、自分は裸なのか。
 翠の身体で父親に見られていない部分などどこにもないのに、翠は反射的に自分の布団に潜り込んだ。
「なななななんで裸っ?」
「そりゃ、ビショビショに濡れてたからだよ」
「濡れてって……。あ! お母さん! お母さん……は、どこ……?」
 ようやく翠は自分の状況を理解することが出来た。が、一つの可能性に思い至って血の気が一気に引いてしまう。母親の行方を勢いよく尋ねたものの、血の気と共に声のトーンがあっと言う間に下がり、最後は消え入りそうな声となってしまった。
「今、シャワーを浴びてるよ」
「もしかして、バレちゃったの……?」
 翠は布団から顔だけを出して、恐る恐る尋ねた。
「大丈夫だよ。母さんがお風呂に入ったのを確認してから、翠をここに運んだんだ。クローゼットから寝息が聞こえてきたんで、少し焦ったよ」
「よかったぁ……」
 翠は心底ほっとした。大きく息を吐き出し、さっきまでの出来事を改めて思い返す。
「ねえ、お父さん、アタシがクローゼットの中にいたのって、最初っから気付いてたの?」
「暗いところじゃ、スマホの画面は眩しいくらいだからね。部屋に入ったとき、一瞬光って見えた」
「すぐに消したのに……」
「まあ、本当に一瞬だったから、クローゼットを開けるまで確信は無かったけどな」
「お母さんにバレたらどうするつもりだったの?」
「それはこっちのセリフだよ。なんで、あんなところに隠れてたんだい?」
「それは……」
 どう答えようか、翠は言いよどんだ。正直に言うか、適当に誤魔化すか。だが、こちらを見ている父親の表情を見て、翠は怒りの感情が込み上げてきた。
「お父さんのイジワル! 分かってるくせに!」
「まあね。本当に二人はよく似てるよ。嫉妬深いところとか。そんな可愛らしいところも大好きだ」
「……! ホントに、お父さんって、ズルい……」
 可愛らしいと言われ、大好きと囁かれて、翠は自分の心があっと言う間に浮き立ってしまったのが悔しかった。
「で、なんでお父さんも裸なの?」
「さっきまで、母さんとしてたからな。翠も見てたんだろう?」
「今、とっても気持ち良かったんですけど」
「さっきまで、翠の身体を触ってたからな。気持ち良かったろう?」
「うー、お父さんの変態!」
「そうだよ。親のセックスを覗き見する、翠と同類だ」
「うっく……」
 まるで悪びれる様子の無い父親に向かって、翠はストレートに怒りをぶつけたのだが、夕食帰りの時と同じように軽くかわされてしまった。
 父親のことは好きである。愛している。だが、だからと言って、何でもかんでも許してしまえるわけでもない。覗き見していた自分のことは棚に上げて、翠は、母親と濃厚なセックスをした父親に苛立っていた。このまま父親に抱かれたい。さっきの母親と同じように愛してほしい。
 だが康史は、娘の気持ちは分かっているはずなのに、今はそれを叶えるつもりはないらしい。続いて康史の口から出た言葉は、恋人のものではなく、父親のものであった。
「さて、今夜はもう寝なさい。明日は早いんだろう?」
 そう言って、康史は睨みつける娘の頬に手を当てると、挨拶の軽いキスをしてきた。
「バカーっ! 出てけーっ!」
 余裕の表情を見せてドアの向こうに消えた父親に向かって、翠は枕を投げつけた。

 自分の中に溢れる理不尽な感情を整理することができず、翠は裸のまま天井を見上げて悶々としていた。
 別に嫌われたわけではない。別れを告げられたわけでもない。そもそも、父親と恋仲になったのは昨日である。今夜でなくても、父親と愛し合う機会はいくらでもあるだろう。現に康史は、翠が目覚めるまで、娘の身体を楽しんでいたようだ。
「なんか、このままだと、また同じことをしちゃいそう……」
 両親がセックスする前、翠は悶々として眠れずに、二人の寝室に忍び込んでしまった。そして今、両親がセックスをした後、やはり翠は悶々として眠ることが出来そうにない。もっとも、今度は気になって、というよりは性的に興奮しているというのが大きい。
「ああっ! もうっ! 楽しかったことを考えよう! そうよ!」
 翠は目を瞑り、身体から力を抜いてリラックスした。
「……そうだ、さっきは随分と気持ち良かったな。なんか、エッチするのとは違う感じだった……」
 翠は先ほどの、クローゼットから自分の部屋に至る間の、夢現(ゆめうつつ)の感覚を思い起こそうとした。
 仰向けに眠ったまま、ふわふわと浮いているような感覚。あれは多分、父親にお姫様抱っこをされたのであろう。クローゼットで寝入ってしまった娘の身体を、起こさないように優しくゆっくりと運んでくれたに違いない。
「…………っ! ああっ! もったいない! せっかくお父さんがお姫様抱っこしてくれたのに!」
 金品を対価に幾人もの男に抱かれ、実の父親と交わる背徳行為をするような娘であっても、純情な乙女の本能には逆らえない。
 愛する男の力強い腕で、お姫様抱っこをされる。
 それは、女であれば誰もが憧れるロマンティックなシチュエーションであろう。そのまま唇を重ね、同じ褥で肌を合わせれば、それはもう夢見心地になるに違いない。
「あああっ! なのにっ! それなのにっ!」
 その夢見心地な感覚を、翠は本当に夢の中で薄く淡く感じただけであった。
「はあっ。ダメ、ホントに寝ないと、明日の朝キツくなっちゃう……」
 昨日、父親とホテルで鉢合わせしてから、翠の心は休まる暇がまるで無い。本当なら神経が参って、睡魔が襲ってくるはずなのだが、それが仕事をしたのは、眠ってはまずい両親のクローゼットの中であった。中々に、世の中はままならない。
 それでも何とか寝ようと、翠は裸のまま再び布団に潜り込んだ。
「羊が一匹、羊が二匹、羊が……」