耳が痛い。顔が熱い。喉から叫びが噴き出しそうになる。
 ガラリ戸を一枚隔てた向こう側に、全裸の母親。
 だが、すんでのところで少女はパニックを押さえることが出来た。
 早季子はクローゼットの前を素通りし、ベランダに出られる硝子戸へと向かったようだ。角度が悪くてクローゼット内の翠からは見えないが、遮光カーテンを勢いよく開く音が聞こえてきた。
「なーんてね」
「脅かすなよ、早季子」
 音を立てないように、翠はクローゼットの中で静かに脱力した。立ち上がりかけた腰を落とし、ゆっくりと壁に背中を預ける。
 続いて、康史も早季子の後を追ってクローゼットの前を通ると、ベランダ側に回っていった。
「あら、あなたが驚くことなんてないでしょうに」
「何を言ってるんだ。もし、翠がオレたちのことを覗いていたんなら……」
「いたら?」
「お赤飯を炊かないとな」
「ぷっ。やだ、あなたったら……」
「それじゃ、そういう設定でしてみようか」
「え? 設定?」
 翠は再び腰を上げて、ガラリ戸に顔を近付けた。隙間から、両親が身体を合わせているのが見える。
 康史は妻の腰に手を回し、耳元に甘い声で囁きかけた。同時に、妻の耳に軽く息を吹きかける。
「そう、イケナイことを覚え始めた可愛い娘が、オレたちが愛し合うところを覗いているって設定で……」
「はん……」
「そうだな……、さすがにカーテンを開けっぱなしでするのはレベルが高すぎるから……、クローゼットに隠れてるって設定にしてみようか」
 今度こそ翠は叫びそうになった。父親が、まさに自分のいる方に向かって指さしたからだ。
(うそ……。まさか……、お父さんは気付いてる?)
「本当にいたりしてね」
「大丈夫だよ」
 そう言って、クローゼットの前に来た康史は、無造作にガラリ戸を開けた。目の前に、まるで萎える様子の無いいきり立った父親の男根。
「……!」
 驚いた翠は、慌てて棚に手をぶつけてしまった。棚から母親のブランド物のバッグが落ちてしまう。
「何?」
「ああ、すまん、鞄をちゃんと仕舞ってなかったみたいだ。棚から落ちてしまった」
「もう、ちゃんと仕舞ってって、いつも言ってるでしょ?」
「すまんすまん」
 康史は、翠の脚元に落ちたバッグを手に取った。そして、娘と目の高さがあったところで、人差し指を立てて自分の唇に当てる。声を出すなというジェスチャーだ。ご丁寧にウインクまでかましている。
 全部分かっているからじっとしていろ。
 翠の眼に、父親の表情はそう語っているように見えた。だから翠は、無言で首をカクカクと上下に振った。
 意味ありげな笑みを浮かべたままの父親は、妻の視界から娘の身体を隠し、再びクローゼットを閉じた。翠の周囲が薄闇に包まれる。
「ねえ、翠が見てるつもりでするなんて……。本気じゃないでしょう?」
「何でだい? 面白そうじゃないか。それに……」
「それに?」
「この冗談を始めたのはキミだよ。本気で嫌なんだったら、そもそもそんなことは言わないだろ?」
「それは……、今のは本当にタダの冗談なのよ。本気で考えた訳じゃないわ」
「そうとも。本気じゃない。タダの設定。いつも使ってるのとはちょっと違う小道具だよ」
「ん……」
 窓際にいた早季子の身体を抱き寄せた康史は、唇を合わせながら妻ごとベッドに倒れ込んだ。
「あん……、でも……」
「何も、そこにいない翠に話しかけるんじゃないよ。ただ、翠が覗いているのに、気付かない振りをしてしようって遊びだよ」
「『本当はいないのにいる振り』をして、その振りって言うのは『本当はいるのにいない振り』でいろ……ってこと?」
「ははっ、なんだか禅問答みたいだね。だけど、難しく考えることじゃない。オレがリードしてあげるから、キミは好きなように感じてくれればいい」
「私って多分、詐欺に弱いんだと思うわ。分かった、騙されてあげる」
 そう言って、早季子はクローゼットに目を向けた。
「あそこで……、翠が覗いてる、つもりで……」
 ベッド上の母親と、翠は一瞬目が合ってしまった。もちろん、早季子は翠がクローゼットに潜んでいることに気付いてはいない。だが、そうと分かっていても緊張してしまう。
「こっちにおいで。オレにもたれかかるんだ」
 枕を床頭台の背もたれにして、股間の一物を大きくさせたままの康史は妻を招いた。夫の招きに応じた早季子は、康史の脚の間に身体を入れて背中を預ける。二人とも、クローゼットに向かう形である。
「……、なんか座りが悪いわ。あなた、これ、小さくして」
「無茶言うな」
「そうね、だったら……」
 そう言って、早季子は少し腰を上げると、自分の脚の間に手を入れて、夫の肉棒を秘所にあてがった。
「ん……ふ……」
 そのままゆっくりと腰を下ろし、先ほど出された夫の精液と自分の淫汁が溢れる蜜壺に、康史の肉棒を再び招き入れる。
「は……ううん……、この方が、座りが良いわ」
「いいね、キミのこの……」
 康史は背後から妻の乳房を鷲掴みにした。ボリュームのある肉の塊をいやらしくこねくり回す。
「立派なオッパイも、あの子に見せつけてあげると良い。翠は、キミの身体のことを、普段なんて言ってる?」
「ん……、それは……、綺麗って……、羨ましいって言ってくるわ……」
「そうだね。キミの身体はとっても魅力的だ。街を歩くと誰もが振り返る。だから、いつも胸を強調する服を着ているんだろう?」
「だって……、あなたが、そういう服が好きだって言うから……、んふ……」
 早季子は脚をクローゼットに向けて開き、乳房を揉まれるままで喘いでいる。夫が乳首を摘むたびに、電気が走ったかのように身体を震わせた。だが、いないはずの娘に向けて脚は開いたまま、夫を咥えた媚肉を隠さない。普通、人間の身体は刺激を受けると、反射的に身を縮める。脇を絞め、首をすくめ、脚はぴっちりと閉じてしまう。にも関わらず、早季子は翠に向かって身体を開いたままである。
(お母さん、なんか、さっきよりもエロい……)
 切なげに顔を伏せ、両脚をしどけなく開いたまま、夫に身体をなすがままにされている。その様子を真正面から見るだけでも淫靡な雰囲気であるのに、母親が塊のような吐息とともに桃色の喘ぎ声を漏らしているのが、娘の眼にひどく淫らに映った。何か、父親以外の誰かが母親をさらにいやらしくしているようだ。それは、久しぶりに夫と身体を合わせるという高揚感の為であろうか、それとも……。
「は、あああん!」
「うお、こんなに濡れて……」
 妻を淫らな言葉で責めるのとは違う、本物の驚きが康史の口から洩れた。
 片手で背後から妻の乳房を揉んだまま、康史は反対側の手で自分の肉棒を咥えた妻の秘所に触れたのだが、そのあまりの濡れ具合に心底驚いたようだ。
「娘に見られてると想像するだけで、こんなに濡れるんだ。キミって、意外と変態なんだね」
「やだ……」
「ふふ、オレと一緒だな。そうだ、いっそのこと、本当に翠を呼んでみようか」
(バっ……、バカバカバカ! お父さん、何考えてるのっ!)
 だが、無言で驚愕した翠以上に、母親の反応は大きかった。
「ダメ!」
「うおっとぉ……」
「ダメよ! そんなこと! ……あの娘に、こんな恥ずかしい格好なんて、見られたくないわ」
(……?)
 母親の大きな叫び声に、クローゼットの中で口を押さえて硬直していた翠であったが、早季子の話し方に微妙な違和感を覚えた。だが、それは本当に微妙なものであったため、すぐに翠の心から溶け去ってしまった。
「じょ、冗談だよ。ただのエッチな遊びじゃないか。なにをそんなに向きになってるんだ?」
 さすがに康史も今の妻の反応に驚いたのか、その口ぶりはなだめると同時に優しいものとなっていた。
「ゴメンよ。キミの濡れっぷりに驚いたんだ。ちょっと、悪ふざけが過ぎたかな」
「ホントよ……」
「今度は、キミの好きにするといい」
「それじゃ、そのままじっとしてて」
「いいとも。ホントはキミは、する方が好きなんだよな」
「あら、どうかしら。あなたの方こそ、するよりされる方が好きなんじゃないの?」
「否定はしないよ。女に弄ばれるのも、悪くはない」
「それじゃ……。んん……」
 蜜壺に夫のモノを咥えたまま早季子は中腰になると、リズミカルに身体を揺らし始めた。それは単純な上下運動だけではなく、前後に腰を振り、左右に腰を捩じる淫らな踊りであった。
 男と女では骨格が違う。それはショーモデルの歩き方を見るとよく分かるのだが、男は足で歩き、女は腰で歩いている。そのせいか、セックスの時も男と女とでは腰の振り方が違うのだ。生物進化の果てに、女の身体は腰の動きで男の精液を搾り取るのに最適な骨格となったのかもしれない。
 他人の生々しいセックスなど見たことがない翠にとって、オンナそのものである母親の腰の動きは、ひどく淫らで妖しく見えた。オトコを刺激し、オトコを悦ばせ、オトコの精液を受け止めるためのオンナの本能。援助交際を繰り返した結果、単純なセックスの回数は同年代の少女たちよりも遥かに多いが、オンナとしての経験はどうやら目の前で淫らに腰を振っている母親には遥かに及ばないようである。
 だから、母親のオンナを見た翠の口から、シンプルな感嘆の声が思わず漏れてしまった。
「お母さん……、綺麗……」
 その瞬間、イヤらしく腰を振っていた母親の動きが止まった。
(……! 声……、出ちゃった……?)
「どうしたんだい?」
「ううん、あの娘に見られてるつもりでしてたら、本当にあの娘の声が聞こえたような気がしたの」
「はは、この『設定』が気に入ったのかい? 風俗みたいな、いわゆるイメージプレイなんだけど」
「あら、そんなお店に行ったことがあるの?」
「うおっとぉ……。昔の話だよ」
「本当かしら?」
 早季子は夫の肉棒を咥えたまま身体をくるりと回すと、康史と向き合う格好となった。そのまま、腰の動きは緩めない。
「あだだっ!」
 クローゼットに潜んだ翠からは見えないが、どうやら早季子は康史の乳首かそのあたりを摘み上げたようだ。
「本当だよ。結婚してからこのかた、女はキミだけだよ」
「ウソつき」
(……)
 父親の愛の囁きは、額面通りに受け取らないようにしよう。
 ガラリ戸の向こうに見える両親の痴態を無言で見つめながら、翠は密かに誓った。
「ああん、あうん、ウンあン、ん……んんあああっ! あなたっ! ギュッとしてっ! ギュッと!」
 淫らに腰を振っていた早季子の動きが激しくなってきた。そのままエビぞりに身を仰け反らせると、乳房を揺らして仰向けになる。
 それと同時に、康史は妻の蜜壺に肉棒を突き刺したまま、相手の腿を掴んで身体を起こした。そのまま身体を被せれば、一回戦目と同じ態勢になる。だが、康史は身体を合わせず、目の前で揺れる妻の豊満な乳房を正面から力任せに掴み込んだ。手指からはみ出しそうなほどのボリュームと柔らかさをもった女の象徴を、痕が残るくらいに強く握る。
「ん……はあああっ! 良いっ! もっと、もっと強くっ!」
 腰を前後に振りながら、康史は無言で妻のリクエストに応えた。まるで牛の乳搾りのように、力強く揉んでは離し、離しては角度を変えて再び掴む。その度に、早季子の口から快楽に従順な遠慮のない嬌声が溢れ出した。
「いぎ……、あ、ああっ! ああああああ……っ! あ……、あはぁ…………」
 妻が絶頂を迎えたのを確認したかのようなタイミングで、康史も腰を突き入れた姿勢で硬直した。下腹の筋肉の具合から、妻の膣内に二度目の射精をしているようだ。
 二人の激しいセックスを見届けながら、下着に手を入れていた翠も軽い絶頂感を迎えていた。ガラリ戸一枚隔てた場所で、父と母が夫婦の悦楽を得たのと同時に、娘も背徳の行為がもたらす快感に打ち震えた。ゆっくりと身体から力を抜き、心地良い脱力感を味わいながら、音を立てないようにしてクローゼットの壁にもたれかかる。
 ガラリ戸の向こうの二人は、ピクリとも動かなくなっていた。