「口を開けて、そのまま舌を突き出すんだ」
「あ……ん」
 言われるまま、翠は口を開け、舌先を父親に差し出した。それは、まるで餌を求めるひな鳥のように見える。
 康史は無防備に伸ばされた娘の舌に吸い付いてきた。そして、まるで飴を舐めるように翠の舌を舐めまわす。
「そのまま、じっとして」
「んお……」
 舌を突き出し、翠は口を開け続けた。正直、苦しい。だが、翠はさらに口を広げて父親の舌と唇を受け入れた。
「いい娘だ」
「……!」
 康史の唇が娘のそれを覆い隠し、続けて卑猥な動きの舌が開けたままの娘の口腔内に入ってきた。普段のキスとは違う、それはまさに舌端の侵入であった。無防備に開かれた少女の口が、淫らな男の舌で侵される。
「ふ……あお……」
 翠の口内に入ってきた父親の舌は、娘の口の中を余すところなく舐めまわし始めた。舌の表面、舌の裏側、歯茎、そして頬の裏側。柔らかい粘膜で覆われた敏感な部分を、康史の舌は丹念に、丁寧に舐め回し続ける。
 その間も、翠は舌を出したままじっとしていた。こういう、一方的に犯すようなのが、康史の趣味なのだろうか。父親の舌に、ただされるがままになっていた翠だったが、すぐにそれが一変した。
「あが……!」
 康史の舌が上顎の裏側に触れた瞬間、頭がねじれるような快感が翠の頭頂部に満たされた。乳房や媚肉に触れられるのとはまるで違う、かと言って手指や足裏を刺激されるようなくすぐったくも鈍い感覚とも違う、避けようのない直接的な快感。
(な、なに……コレ……)
 意外と知られていないが、口の中にも性感帯はある。今、康史の舌先が触れている口蓋という部分がそれだ。
 舌の長い者はキスが上手いと言われている。それは、長い舌先が相手の上顎の裏側部分を刺激できるのが理由の一つである。長い舌の持ち主は、相手と舌を絡めるだけでなく、相手の敏感な部分を責めることができる。そして、そんな舌の持ち主にディープなキスをされると、女はそれだけでイッてしまいそうになるのだ。
「あ……、あお……、んぶ……っ!」
 あまりの感覚に翠は身を仰け反らせて離れようとした。だが、康史は娘の頭と首の裏側を押さえて逃がさない。一瞬離れた唇を、康史は抑え込むようにして再び吸い付いた
 逃れることも出来ず、口の裏側から無理やり快感のスイッチを入れられたかのような刺激を受けた翠は、父親の肩をがっしりと掴んだ。掴んだまま突き放すこともせず、翠は康史の筋肉質な肩に指を食い込ませる。
 その間も、父親の舌は、血の繋がった実の娘の口内を犯し続けた。
(すごい、スゴイ! なにコレ! こんな、こんなキス……、あああっ!)
 口を犯されたまま、翠の喉の奥で声にならない嬌声がこだまする。
「んんん……………………っ!」
 頭を押さえつけられ、無理やりキスをされ続けた翠は、やがて父親に唇を塞がれたまま悦楽の絶叫を放った。娘と父親の口の中で、淫らな叫びが響き渡る。
「んむ……む……。ふはっ!」
 父親の口撃から解放された翠は、初めての快感に突っ張らせていた上半身からようやく力を抜くことが出来た。ビリビリと頭から全身に広がっていく感覚に、翠はクラクラとしてしまう。絶頂を過ぎて脱力した少女の身体が、そのまま湯船に沈んでしまいそうになった。
「おっと」
「お父さん、なに……、今のキス……」
「こういうキスは初めてか」
「すごい……、キスだけでイッたのなんて、初めて……」
「そうか。そいつは良かった」
「……んきゃおっ! ここ今度はなに?」
 父親に抱かれ、脱力したままの翠のお尻に康史の指先が触れていた。さっきとは真逆の、お尻から頭頂部へ突き抜けるような鋭い快感が翠の身体を貫いた。
「何って……、アナルだよ」
「あああアナル? アナルってお尻? お尻のコト?」
「そう。母さんは許してくれなかったけどな」
 翠は二の句が継げなかった。
 これまで経験したどんな男とも違う、淫らで濃厚なキスをしてくれたのかと思ったら、今度は娘のお尻に興味を示している。
 浴室にいながら喉の渇きを覚えてしまった翠は、生唾を一つ飲み込んだ。そして、絞り出すようにして父親に対する言葉を口にする。
「やっぱりお父さん、変態……」
「そうとも。本当は、オレは妻がドン引きするくらいの変態なんだ。だけど、翠は母さんとは違うんだよな」
「う……、やっぱりやめようかな……」
「今さらそんな悲しいことを言うなよ」
「だ、だって……」
「大丈夫。翠が本当にイヤがることはしないよ。お互いに何でも求めるってことは、ダメなことも正直に言うってことなんだから。でも、翠は全部してくれるんだろ?」
「お父さん、ズルい。でも……、ホントに? ホントにイヤなことはしない?」
「本当さ。とりあえず、スカトロと動物と虫は無いから安心してくれ」
「むっむむっ虫? 虫ってなに?」
「世の中にはいろんな性的嗜好の人がいるんだよな」
「……」
 翠はこれまで、多くの男たちと肌を合わせてきた。そしてその中には、自分の趣味を押し付けようとする者もいた。金を出して買ったんだから好きにさせろ、という輩は少なくないのである。
 その中で一番多かったのが、やはりSMである。コトの最中にお尻を力任せに叩くなどはまだ可愛い方で、ホテルでいきなりバッグいっぱいの道具をベッドにぶちまけ、翠の身体をロープや枷で拘束しようとする男もいた。信頼できる相手ならそういった行為に身を任せてもいいと思うのが正直なところであったが、さすがに会ったばかりの男に身体をすべて任せるのは、リスクがあまりにも大きすぎる。攻めと受け、支配者と愛奴という関係は、絶対的な信頼関係が無いと出来ないのだ。
 父親のすべてを受け入れると言ったのは、紛れもなく翠の本心である。そして、多少の変態行為などは受け入れる自信があった。むしろ、母親への対抗心から、どんな行為でも来いといった心境でもある。
 だが、否定されたとはいえ、父親の口から出てきたアブノーマルな性的嗜好は、翠の想像を超えたアブノーマルさであった。
 さすがに不安になった翠は、どうしても父親に尋ねたくなった。
「お父さんは、その……、どんなことがしたい……の……」
 だが、少女の深刻なその問いは、この場で答えを得ることが叶わなかった。
「……! 今、ウチの前に車が止まらなかった?」
「ん? んん?」
 浴室は三嶋邸の奥にあるが、隣家の壁との距離のせいか、玄関前の車の音や話し声が聞こえることがある。そして、周囲は閑静な住宅地であるために、夜になると車の通る音などは意外とよく聞こえる。さらに言えば、家の前で車がアイドリング状態にあるとエンジン音が聞こえてくるので、車が停車しているのがハッキリと分かるのだ。
「も、もしかして……」
 二人は驚いた顔で目を合わせた。父と娘の浴室に、何度目かの沈黙が訪れる。二人は口を閉ざし、浴室の外に耳をすませた。
 と、玄関の扉が開く音が聞こえてきた。
「ただいまー」
(お母さん!!!)
 母親が帰ってきた。
 翠は反射的に、浴室内の時計を見る。父親の入浴に乱入してから一時間と経っていない。
(なんで……、なんでこんなに早く帰ってきちゃうの……)
 温かい湯船に浸かっているはずなのに、翠は身体が急速に冷えていく感じがした。心臓が激しく脈打ち、呼吸が荒くなる。
「翠はじっとしてるんだ」
「う……、うん……」
 康史は湯船から上がると、手早く腰にタオルを巻いて、濡れた身体のまま脱衣所に出た。
 翠は場所を変え、脱衣所から見えないように浴室の壁に張り付く。
「ただいまー。あなたぁ、翠ぃ?」
「お帰り、早季子。今、風呂に入ってたんだよ」
「あら、変なタイミングで帰って来ちゃったみたいね」
 康史が滴を垂らしつつ、脱衣所の扉を開けて妻を出迎えた。
 開け放たれた脱衣所と浴室の扉の向こうから、スリッパのパタパタという音が聞こえてくる。早季子が玄関からまっすぐに浴室に来たようだ。
「ただいま、あなた」
「ああ、お帰り。随分早かったね。翠から、もっと遅くなりそうだって聞いてたけど?」
「そのつもりだったんだけどね。早くに帰る人が何人かいて、そのままお開きになったのよ。翠は?」
「さっき、コンビニに行ったよ」
「こんな時間に?」
「宿題かなんかで、コピーを取るのを忘れていたらしい」
「もう、相変わらず、そそっかしいわね。ね、まだいいお湯なんでしょ? 私も入ろうかしら」
「こらこら、翠が帰ってきたらどうするんだ?」
「別にいいでしょ? 夫婦なんだから。それに、翠もそういうコトを知らない年って訳じゃないだろうし」
 母親のその言葉に、翠は息を飲んだ。もしかして、早季子にはバレているのだろうか。
 脱衣場から見えないように浴室の壁の陰で、息を殺し、水音を立てず、まるで凍ってしまったかのように翠はじっとし続けた。身動き一つできない翠の心臓は、口から飛び出しそうなくらい激しく高鳴っている。顔が熱くなり、額には嫌な汗が流れている。反対に、身体は腹の底から冷えていく感じだ。
「そうかい? まだまだ子供だろ?」
 身動きの出来ない緊張感のある状況にも関わらず、翠は父親の言葉にムッとしてしまった。それが、今の二人の関係を秘密にするためと分かっていても、何となく不愉快な気分だ。
「ふふん、男はこれだから。女の子に幻想を持つのは良いけれど、自分の娘が例外だなんて思ってると、後々ショックを受けるわよ」
「何か、知ってるのかい?」
 翠の耳に康史の声は平静な風に聞こえたが、実際はどうなのだろうか。今の康史は、自分だけでなく娘の秘密も同時に抱えているのだ。そして、今の早季子の話は、まるで二人に共通する秘密を知っているようかの口振りだ。
「さあ? でも、中等部の終わりくらいから、なんだか急にオンナらしくなってきたのよね。最初は彼氏でも出来たのかと思ったんだけど、通っているのがあの鈴城でしょ? もしかしたら、彼氏じゃなくって彼女かもしれないのよね」
「……ああ、そう言えば、早季子も鈴城の卒業生だったな。……と、ストップ」
「なぁに?」
「今、一緒に入ると、夜のお楽しみが減っちゃうよ。今夜はゆっくりと、な?」
「ん、もう……。分かったわ。それじゃ、さっさと上がってね」
「ああ。取り敢えず、部屋着に着かえておいで。オレは身体が冷えてしまったから、最後にもう少し温まってから出るよ」
「ええ、分かったわ」
 どうやら、早季子は夫と一緒にお風呂に入ろうとしていたようだが、康史はそれを上手くかわしてくれたみたいである。
 やがて、母親が階段を上がっていく音が聞こえてくると、ようやく翠は脱力した。予想外のハプニングに身体がすっかり冷え切った翠は、身も心も温まりたくなっていた。翠は温かい湯船に身体を沈め、顔の半分まで湯に浸かってブクブクと泡を吹く。
「あああ……、ビックリしたぁ」