「こんにちは、おじさま。お久しぶりです」
「君は……」
 夕日に照らされた路上で鈴城女子学園の制服を着た女生徒に声をかけられた康史は、声の主の姿を見て驚いた。娘の友達だと思って挨拶を返そうとしたのだが、予想外の顔がそこにあったので、思わず絶句してしまう。
 康史に声をかけた女生徒、すなわち遠山千佳は、可愛らしい微笑みをたたえて友人の父親をみつめていた。
 康史は彼女が翠のクラスメイトであることを知らない。だが、康史はこの少女と、全く別の場所で知り合っていた。
 娘と夕食に行くため、康史は車で鈴城女子学園の正門近くに来ていた。乗ってきたのは真っ赤な外車で、康史が普段の足として使っているスポーツタイプの2シートモデルだ。車を路肩に付け、校門に目を向けながら娘へメールを送ろうとしたところで、康史は千佳に声をかけられたのである。
「女子高の前でジロジロと女の子たちを見てるなんて、不審者に間違われちゃいますよ。ふふ、でも、それって間違ってないかも」
「……人聞きの悪いことを言うな」
「事実無根じゃないでしょ? だって、私のお客様だったんだから。もしかして、今日は別の娘を買うつもり?」
「勘弁してくれ、声が大きい。それに、君とはもう会うつもりはない。ここで会ったのは偶然だよ。鈴城の生徒だったのは驚きだがね。あんなことしてる娘が、まさか良い処のお嬢様だなんて思わなかった」
「ホントに偶然かしら?」
「……なに?」
「そうそう、愛しの娘さんはお元気?」
「……」
「知ってますよぅ、私は娘さんの身代わりだったって」
 康史は内懐からタバコを取り出すと、慣れた手付きで火を点けた。大きく息を吸い込んで、紫色の煙を吐き出す。
「君が何を知っているかは知らんが、大人を脅すつもりなら覚悟してするんだな。守るものが多い分、その為の手段は選ばない」
「イヤだ、そんなに怖い顔しないで下さい。別に脅すつもりなんかありませんから。ただ、仲良くしたいだけなんですよ」
「君とはもう遊ばないと言ったろう」
「ええ。私も、おじさまとするつもりはありません」
 もう一度タバコを大きく吸いこんだ康史は、すこし拍子抜けした顔で千佳を見た。だが、気を緩めるようなことはしない。
「うふふ、警戒してますね。まあ、でも、脅しになっちゃうのかも」
「何が言いたいんだ?」
「ライバル宣言ですよ」
「ライバル……?」
 目の前の少女との記憶は、わずか二時間ほどの肌色のものだけである。コトの後で艶っぽい話はしたものの、その程度でお互いの事を分かり合えるはずもない。だから、彼女の身体と鈴城の生徒であること以外に千佳の事を知り得ない康史は、目の前の少女が何を言うつもりなのか、まるで予想がつかなかった。
「そう。ライバルです。だって、おじさまと翠は恋仲になったんでしょう?」
 そのまま、挑むような視線で千佳は続けた。
「私、知ってます。知ってますよぅ。おじさまと翠が、肌を合わせる関係になったって」
「な……!」
 大人の余裕で千佳を睨みつけていたのだが、康史の視線が初めて泳いだ。
「羨ましい。とっても妬ましいです。おじさまの手が翠のオッパイを揉んで、おじさまのアレが翠の中に深々と突き入れられた」
 今の部分だけを聞けば、千佳は翠に嫉妬しているように聞こえる。だが、女子高生の姿をしたオンナの嫉妬心は、目の前の壮年の男性に向けられていた。
 上目遣いで近づいてくる千佳に、康史は一歩下がろうとしてしまった。だが、車にもたれかかっていた康史は下がることが出来ない。
 千佳は、男の胸元にそっと手を当てた。傍から見れば、二人の様子はさぞ妖しい雰囲気に見えただろう。男女交際に疎い少女たちにとって、年の離れた一組の男女が醸し出す艶めいた様子は、生で見る恋愛ドラマのように映っていたに違いない。校門の方から黄色い声が聞こえてきたが、千佳はそれを無視した。子供っぽい同級生たちの嬌声など、彼女にとっては気にもならない。
「翠のオッパイ、柔らかいですよねぇ。大き過ぎず、小さ過ぎず、ちょうど掌にすっぽりと収まるくらい。でもって、乳首は綺麗なピンク色。思わず吸い付きたくなっちゃう。腰はキュッとくびれてて、逆にお尻は丸くていい形。腰からお尻にかけてのラインがホントにエロイんですよぉ。うふふ、アソコはまだ触ったことはないけど、とっても甘い蜜を味合わせてくれそう」
 そう言って、千佳は康史の唇に人差し指を触れさせた。遠くで、一際華やかな嬌声が聞こえてくる。
「おじさまの舌は、それを味わったのかしら?」
「……よせ!」
 大人を脅すなと、さっきは逆に脅しをかけたつもりであったが、康史はすでに目の前の少女に飲まれていた。かろうじて、疑問を解消するための問いを口にする。
「君は……、翠の事が……?」
「ええ、好きなんですよぉ。セックスがしたいという意味でぇ」
「女同士で……」
「それが何か、関係あるんですかぁ? っていうより、おじさまの方こそ、実の親子でセックスしてるくせにぃ。だから、おじさまは私のライバルなんですよぉ」
 もはや康史は何も言えなかった。千佳の『具合』が良かったために、実の娘への気持ちを漏らしてしまったのは康史の失敗である。だが、それを責めるのは酷であろう。援助交際の掲示板で知り合った女の子が、娘と知り合いであるなど分かるはずもない。
 康史は、目の前の少女をどう扱ったらいいのか分からなくなってしまった。千人を超える従業員を抱え、首都圏に飲食店をチェーン展開するやり手の実業家が、年端もいかない少女を相手に戸惑っている。普段、業務成績で煽られている部下たちが、今の彼を見れば驚愕するだろう。
 と、千佳はニッコリと笑って一歩身を引いた。挑戦的な態度で康史に向かっていた少女が一変し、少し活発な印象を見せるだけの普通の女子高生となる。口調も雰囲気も、ガラッと変わってしまった。
「改めまして、翠のクラスメイトの遠山千佳です」
「あ……、ああ……」
「何度か翠のウチにお邪魔したことがあるんですけど、おじさまはお仕事が忙しくて、お会いするのは今日が初めてですね」
「……」
「大丈夫ですよ。ホントに脅すつもりなんてないんですから。翠が好きなのは本気です。だから、あの娘が泣くのなんて見たくはないですから。……佳い声で鳴くところは見たいですけど」
 康史は再度、大きくタバコを吸い込んだ。そして塊のような紫煙を吐き出しつつ、缶ジュースサイズの車用灰皿でタバコを消す。
「…………ふう。翠とそういう関係になったのはつい昨日の話だ。翠は、君に話したのか?」
「いいえ。私が気付いただけです。確信を持ったのは、たった今ですけど」
「……!」
 ここで初めて、康史は目の前の少女にしてやられた事に気付いた。冷静に考えれば、今自分が言ったように、昨日の今日で千佳が知るはずもない。二人の秘密と言って娘と約束したのは、ほんの一日前の話だ。
「鈴城に通っているくせに、翠って女の子同士の恋愛に鈍いんですよ。まあ、おじさまにラブラブなんだから仕方ないんですけど。何度好きって言っても全然本気にしてくれなくて」
「まあ、それはそうだろうな……」
「あれ、それって大人の余裕ですか? それとも、お互いに愛し合ってるから?」
 なんの照れもなく『愛し合っている』という少女に、康史は少し呆れてしまった。康史も妻に愛を囁くことはあるが、それはやはり夜の閨での事が多い。
「まあ、二人の間に入るのは大変そうですから、ここでの話は私の武器にさせてもらいます」
 再び、千佳は挑戦的な目を康史に向けた。だが、さっきまでの、言ってみれば悪女めいた雰囲気ではなく、試合前のスポーツ選手のようなカラッとした視線だ。
「……それを脅しというんだよ。だが、まあ、さっきも言ったように、妻と娘が泣くようなことは許さない」
「はい」
 邪気をまるで感じさせない、陽性の笑顔で千佳は答えた。