静音のことを二人に任せ、聡は男子トイレを見回した。蛇男子はのびたままで、デブは頭を抑えて涙目をこちらに向けている。
 もう一人、見張りをしていた男子生徒がいたことを思い出した聡は廊下に出た。そいつは制服のシャツを鼻血で赤く染めて廊下で悶絶したままだったが、聡は髪の毛を無造作に掴むと、男子トイレに引きずり込んだ。
「ぎゃあああああっ! 痛い痛い! 止めて! ゆ、許して、許して下さい! ぎゃあっ!」
「うわっ!」
 見張りの男子生徒をデブに放り投げ、聡は気絶したままの蛇男子の頭を蹴り上げた。
「う、うう……」
 生意気なことに、まだ生きているらしい。
 聡は蛇男子の後ろ襟首を掴むと、個室の便器に頭を突っ込んだ。そして躊躇なく排水のレバーを引く。
「ガボボッ! ゲホッ! や、やめ、ゴボゴボぼぼっ!」
 後から聞いた話だが、聡はこの時、恐ろしいまでに無表情だったそうだ。
「た、たす……、ガガボッ! ゴボボボボ……!」
「……」
「……願い……、ゲホゲホッ!」
 水が流れきったところで、聡は蛇男子の髪を掴んで頭を持ち上げた。
「ゲホッ……、ゆ、ゆぶして……くら、さい……」
「静音も多分、同じことを言ったよな?」
「は……、ガボボッ、ボボボボッ! ギャアアッ! ゴボボッ……! 止め……、ガボッ……、し、死ぬ……、ゴボボボッ!」
「ちょ、お兄さん、ホントに死んじゃうよ!」
「殺してるんだ。邪魔しないでくれ」
「お兄ちゃん!」
 静音の声で、聡はようやく我に返った。蛇男子の襟首から手を話すと、辺りを見回して、今の状況をなんとか把握する。
 トイレの入り口では静音と二人の女子生徒が心配そうにこちらを見ており、反対側の窓の下では見張りとデブが化け物でも見ているような目を向けて座り込んでいた。足元では蛇男子が怯えた表情で震えている。
 その表情に、聡は耐え難い苛立ちを覚えた。平気な顔で女を襲うくせに、自分がやられると情けない顔をする。覚悟があれば何をしてもいいという訳ではないが、自分がやられる覚悟も無いのに他人を傷つけるガキ共を、聡は心底気持ち悪いと思った。害虫を踏み潰すような気分で顔面に蹴りを入れると、少しふらついて個室を出る。
 妹の顔を見て心を落ち着けた聡は、大きく深呼吸してガキ共に向き直った。
「さて、ケータイと生徒手帳を出してくれる?」
「……は?」
 聡は完全に無表情のまま、デブと見張りにビンタを入れた。
「ぎゃぶっ!」
「ケータイと生徒手帳を出してくれる?」
 初めと全く同じ口調で、聡は再度命令した。

 後にこの様子を見ていた妹の友人たちは、口を揃えて聡が怖かったと言ったらしい。無表情に、無感動に相手を殴る聡は、女の子たちから見てとても怖かったようだ。
 女の子たちの不安げな視線に気付かず、聡はガキ共から携帯電話と生徒手帳を回収した。最初に見張りから受け取った折りたたみ式の携帯電話の中身を確認したが、本当に見張りをしていただけだったようで、めぼしいものは見つからなかった。聡は溜息をつくと、広げた折りたたみ式携帯電話を無造作に捻り壊した。男子トイレに嫌な音が響く。プラスチックと金属のクズと化した携帯電話を、聡は個室の便器に放り込んだ。
「次」
 震える手で差し出されたデブのスマートフォンを受け取った聡は、一瞬写真を見るのを躊躇った。だが、意を決して画像をチェックしていく。
 そこに写っていたのは、静音が制服を無残に剥ぎ取られていく過程であった。
 暴れる静音の腕にガムテープが巻きつけていた。
 スカートが引きちぎられるように脱がされていた。
 おびえる静音のパンツにハサミが入れられていた。
 ボロ布となったパンツが静音の口に押し込まれていた。
 ブラジャーをずり上げられて、乳房が剥き出しにされていた。
「……!」
 剥き出しになった乳房を掴み、ピースサインをしている蛇男子の画像を見たとき、聡はスマートフォンを壁に叩き付けたい衝動に駆られた。ミシミシと音を立ててスマートフォンが歪む。だが、表面に亀裂が入った瞬間、聡はギリギリで我に返った。これは大事な証拠だ。
 蛇男子の分は確認しなかった。撮影していたのはデブだったが、蛇男子のスマートフォンにも何か画像があるかもしれない。だが、これ以上ヒドイ画像を目にして冷静でいられる自信が無い。
 回収した携帯電話と生徒手帳を女の子の一人に渡すと、聡は壁際でおびえるガキ共に向かって淡々と話し始めた。
「さて、分かってると思うけど、今日のことは絶対に誰にも言わないでくれよな。もちろん、先生や君らの両親にもだ。静音が襲われたなんて話が学校中に広がるなんてゴメンだ。だけど、もし、不幸にもそんなことになったら、俺はお前らの家族をヒドイ目に遭わせる。絶対にだ。妹か姉貴か、それとも母親か。とにかく、お前らじゃない。お前らの家族で一番弱いやつを一番ヒドイ目に遭わせる。死んだ方がマシって目にね。わかったかい?」
 三人はただ首を上下に振るだけだった。それはそうだろう。最初に飛び込んできたときには暴風雨のように暴れ、年下とはいえ、あっという間に三人を床に這わせた高等部の先輩が、一転して落ち着いた口調で話しているのだ。しかも、その内容は苛烈な脅し文句で、復讐の対象が彼ら自身ではなく、その家族であると言う。
 複数で女を襲うような、脆弱なメンタルしかない男子生徒たちは、唯々諾々として頷くしか出来なかった。
 力なく座り込む男子生徒たちを残し、聡は静音たちと立ち入り禁止の男子トイレを後にした。

   *

 その後、静音をジャージに着替えさせ、聡と妹は一緒にタクシーで帰宅した。妹の友人たちには、乱暴を働いた男子生徒たちと同様に口止めをお願いしたが、さすがにこのときは優しく笑みを浮かべて話しかけた。ホッとした顔の後輩たちが印象に残っている。
 両親はいつも通り帰ってくるのが夜遅くであるため、今、家の中には聡と静音の二人だけである。
 聡は静音にシャワーを浴びてくるように言うと、リビングのソファに深く座り込んだ。
「こんな時、映画なんかだと男はタバコを吸って待ってたりするんだよな……」
 だが、高校生の聡に喫煙の嗜好はない。同級生の中には大人ぶって既に吸っているものもいるが、今もこの先も聡はタバコを吸うつもりはない。
 ガキ共が静音に乱暴している現場に飛び込んだとき、聡の体温は二~三度位上がっていたような気がするが、反対に心は冷え切っていたように思う。あの時は無我夢中だったが、不思議と全てのシーンが鮮明に思い出せる。
 さすがに今は落ち着いているが、今度は静音の事が心配になってきた。犯される寸前だったとはいえ、服を剥かれ、身体を弄ばれ、その様子を撮影されていたのだ。奴らのスマートフォンや携帯電話は全部取り上げたが、それで妹の心が落ち着くと言う訳ではない。
「はあ……っ」
 親に言うべきか、聡は心底悩んでいた。それこそ、全部忘れてしまえば何の問題も無い。そう思ってしまったが、それは当人でないからこその考えだろう。
 思考が堂々巡りになりかけたところで、シャワーの音が途切れたのに気づいた。静音がもうすぐ出てくるようだ。どんな顔で声を掛けようかと立ち上がったところで、背後の扉が開いた。
「お兄ちゃん……」
「お、おう、シャワー浴び終わったか、……って、お前、なんて格好をしてる! 服着ろ、服を!」
 聡が振り返ると、リビングの入り口に静音が佇んでいた。妹は濡れた髪のまま、バスタオル一枚を巻いただけの姿で兄に向かっていたのだ。聡は思わず、妹の胸元に目がいってしまった。
 物静かな雰囲気とは裏腹に、妹の身体は平均以上に成熟していた。谷間も露に、豊かなバストがタオルからはみ出しそうになっている。首筋から流れ落ちた水滴がひどく艶かしい。
「匂いがね、取れないの……」
「匂い?」
 兄のドギマギした視線に気付かず、妹はうっすらと涙目になりながら訴えかけてきた。
「あの男子たちの匂いがね、こすってもこすっても、取れないの。気持ち悪い……」
「匂いって……」
 それは、おそらく実際に匂いがあるわけではないのだろう。だが、静音の肌が所々赤くなっているのは、執拗にこすった為らしい。
「あたしじゃ、ダメなの。お願い、お兄ちゃんが洗って」
 中学生の妹の身体を高校生の兄が洗う。普通に考えてありえない話だ。だが、ここで下手な対応をすれば、静音の心に酷い傷が残りかねない。何しろ、男子生徒たちに乱暴された直後なのだ。十六才の少年でも、それくらいのことはわかる。
「……わーかった。風邪引くから、さっさと風呂場に戻れ」
「うん!」
 涙目を拭い、少し安心した表情で静音は再び風呂場に消えた。