「ただいま、兄さん」
 三年前に嫁いだ妹の静音が実家に帰って来たのは、聡がちょうど夏休みを取った二日目だった。
 去年まではゆっくりと休みを取ることができたが、今年は景気回復の兆しが見えたとかで、例年よりも短めの休みだ。しかも、お盆の時期から一週間遅れである。昨日は身体を休めるために一日ゴロゴロしていたが、今日は買い物にでも出掛けようと早めに起きたところで、妹が連絡も無しに突然帰って来たのだ。
「お、おう、お帰り」
 玄関を開けて久しぶりに顔を合わせた妹は、少しほっそりとした印象だ。
「いきなり帰ってくるなんてどうした? 連絡くらいしろよな」
「うん……ゴメン……」
 それっきり、口ごもったまま静音は入ってこようとしない。
「突っ立ってないで入れよ。お前の実家なんだから」
「うん……」
 その一言で、ようやく妹は玄関の敷居を跨いだ。
 今、家に中にいるのは聡と母親の二人だけである。暦の上では平日なので、父親は仕事で既に家を出ていた。
「あら、どうしたのよ、いきなり!」
 リビングに入るなり、母親の驚いた声が聞こえてきた。いつもは必ず連絡してから来ていたので、母親が驚いたのも当然だ。
「ちょっとね、二、三日泊まっていって良い?」
「そりゃ、いいけど、明人さんは?」
「ちょっと、ケンカしちゃって……」
「また?」
 母親はやれやれ、といった風に苦笑いを浮かべて娘を迎え入れた。
 静音が夫の明人とケンカをして実家に帰って来るのは、これが初めてではない。大抵は静音が一泊か二泊した頃に明人が迎えに来て、静音が平謝り。そして母親の仲裁で元鞘、というのがいつものパターンだ。
 だが、これまでは怒った静音が母親に電話かメールを入れてから実家に来ていたのだが、今日はいつもと様子が違うようだ。
 普段はうるさいくらい元気が良く、帰ってくるなり母親や聡に明人への文句を機関銃のようにまくし立てるのだが、その内容といえば実にくだらないものばかりであった。母親も聡も、またか、くらいにしか思っておらず、さらに言えば当人の静音もそれは承知しているようで、思うところを吐き出してから、迎えに来た明人と仲良く帰っていくのが恒例行事と化していた。
(まあ、それだけが目的で帰ってきてるわけでもないんだけどね……)
 だが、今日の静音は普段とはまるで違っていた。いつもの元気がまるで無く、なんとなくやつれた風貌と合わせて別人のような雰囲気だった。軽くウェーブのかかった髪も、いつもなら後ろで束ねたり軽く三つ編みにしたりなど手入れを怠らないが、今日はバサバサのままである。実家へ帰ってくるだけでも最低限の化粧はキチンとしていたが、それも忘れているようだ。
 どうやら、いつものじゃれあいのようなケンカではなく、少々本格的なものらしい。
 リビングで母親と話す妹を見ながら、聡は違和感とも悪い予感ともつかないモヤモヤとした感じを覚えていた。
「お母さんは?」
 リビングで深夜のバラエティを視ていた聡の背後から、風呂上がりの静音が話しかけてきた。
「もう寝たよ。親父は仕事で会社に泊まり。いつもの納期前の追い込みらしい」
「そう」
 テレビを視たまま振り返りもせずに答えた聡の視界の端で、静音がキッチンの冷蔵庫を覗きこんでいるのが見えた。
「ぶっ」
 缶ビールを口につけていた聡は、口に含んだ一口を思わず噴き出しそうになった。冷蔵庫を物色する妹をまじまじと見てしまう。
「お前、何て格好してる!」
「ん?」
 風呂上がりの妹は、Tシャツにパンツ一枚というあられもない姿だったのだ。半屈みでお尻を突き出すような体勢のまま、静音は首だけで振り返った。そのままの格好で、可愛らしいお尻をこれ見よがしに軽く振る。
「いいでしょ、別に。兄さんしかいないんだし。ふふん、エッチなこと考えちゃった?」
「バカぬかせ」
 濡れた髪を軽く手ですきつつ、静音は缶ビールを片手にリビングに入ってきた。着ているTシャツも部屋着になるようなロングという訳ではなく、只のゆったり目のTシャツだ。静音の豊かな胸が裾を持ち上げるような格好になっており、色気の無い青縞のパンツが丸見えになっている。
 ソファに腰掛ける聡の脇に立つと、静音は旨そうにビールをあおった。喉元もパンツも晒して、無防備な事はなはだしい。
「誘ってるつもりか? エッチなこと考えてるのって、お前の方じゃね?」
「うん、実はそう…」
 缶ビールをローテーブルに置いた静音は、潤んだ瞳で血の繋がった実の兄を見つめながら、ソファに座る聡の腿に跨がってきた。風呂上がりの火照った頬が艶かしい。淡い吐息が聡の唇に吹きかかる。
 聡は表情も変えずに、妹の豊かな胸を鷲掴みにした。
「あんっ!」
 薄布一枚越しに柔らかい肉の塊が感じられる。久しぶりの乳房の感触は、いつものように柔らかく揉みごたえあった。掌にツンとした突起がだんだんと固く尖ってくるのが分かる。
「ん……、あふ……」
 妹の官能的な反応を見た聡は軽くため息をつくと、両手で静音の肩を掴んだ。そのまま優しく身体を入れ換えて立ち上がる。
「やめやめ。もう止めるって約束だろ? いいかげん、明人さんに悪いよ」
 聡と静音は、兄妹でありながら唇と肌を合わせる関係だった。聡が高校生、静音が中学生の時に始まった秘密の関係は、静音が結婚してからも続いていた。静音が実家にいた頃、親の目を盗んで、二人は毎晩のように淫らな行為に耽っていたのだ。さすがに静音が今の夫の明人と普通の交際を初めてからは数が減ったものの、同じ屋根の下で暮らしているときは、ゼロになることはなかった。
「俺はもう寝る。お前も変なこと考えないでとっとと寝ろ。っていうか、明人さんのところに帰れ。どうせ今回も、お前のワガママが原因なんだろ?」
 これまで妹が実家に帰って来た原因は、ほとんどが他愛の無い静音のワガママだった。時には呆れ、時には微笑ましいことばかりで、夫婦喧嘩は犬も喰わないという格言そのままであった。そして最後には夫の明人が迎えに来て素直に帰る、というのがこれまでのパターンだった。
「待って、お兄ちゃん!」
 静音はリビングから出ていこうとした聡のシャツの裾を掴み、上目使いで見つめてきた。聡の背筋をぞわっとするものが駆け上がる。
「その呼び方はよせ……。いい加減、終わりにしようって言っただろ?」
 結婚を期に聡への呼び方が「お兄ちゃん」から「兄さん」に変わったが、それは二人の背徳的な関係にピリオドを打つためでもあった。だが、静音は実家に帰ってくるたびに兄の身体を求め、二人の禁断の関係は今でもずるずると続いている。何しろ静音は、兄の贔屓目に見ても結構な美人である。しかも、大抵の男が凝視してしまうような巨乳だ。背徳感から来る快楽と合わせて、聡は静音の魅力に負け続けていた。今では、「お兄ちゃん」の呼び方が背徳の遊戯に耽る合図になってしまっている。
 一方、静音の夫の明人は四つ年上の好青年だ。義兄弟として、普段は静音抜きで飲みに行ったりもする関係だ。その度に平然とした風は装っていたが、実妹との関係を考えて忸怩たる思いに囚われていた。